東京を拠点に活動している人へオススメブログ:14/01/11


わたしは、農家の三女として生まれた。
両親はさぞかし男の子を期待していたことだろう。

農家の嫁でありながら、男の子を産めなかったママ。
わたしが、もし男だったなら、
ママにはもう少し明るい人生があったかもしれない…

物心ついた頃から、わたしは祖母のそばにいた。
祖母はいつもママの悪口を言っていた。
幼い頃から聞かされていたので、わたしもママがきらいだった。
汚い、臭い、気がきかない…そういった言葉だった。

わたしが小学生の時、学校からの帰り道、
今にも雨が降り出しそうな午後だった。

遠くに人影が見えた時、嫌な予感がした。
だんだん近づいて来る…
やはりママだった。

「わあい、お母さんだ」
喜んでかけ寄り、かさを受け取る…
それが普通の子どもの姿だろう。

「はい、かさ!」
わたしは、無言でママからかさを受け取った。

ママは、姉貴たちのかさも用意していて
わたしとは反対の方向の学校へ向かっていった。

そのことがわたしにはせめてもの救いだった。
ママと並んで歩いて帰るなど、ぜったいに嫌だったのだ。

「今の人、お母さん?」
友達が聞く。
「うん」
わたしは、それ以上何も言いたくなかった。

もんぺ姿のママを友達に見られたことが、
ずっしりと重くのしかかっていた。
ママはいつももんぺをはいて、汚ない格好をしていた。

ママはおしゃれな服など一枚も持っていなかった。
服を買うためのお金がないことも、
わたしは子どもながらに知っていた。

わたしが目覚めた時、ママはすでにもんぺ姿である。
わたしが眠りにつく時、ママはまだもんぺ姿である。
もしかしたら、寝る時も、
もんぺをはいているのではないかと疑ったこともある。

ママのもんぺは、赤い模様があったが、
色あせて疲れているようだった。





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